ゴミを拾う人が善人、拾わない人は悪人

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道路のわきや緑地帯に、たくさんゴミが捨てられています。ポイ捨てが過ぎて、ゴミ溜め場になってしまっています。




最近、ボランティアで、日曜清掃をしていて、思ったことは、




ゴミを捨てる人が、悪人で、


ゴミを捨てない人は、善人




という考えの人が多い。ゴミを汚いものを見る目ですれ違って行きますが、・・・・。




これは間違いで、


ゴミを拾わない人 = 悪人


ゴミを拾う人 = 善人



なのではないだろうか?




よく泡沫(つば)をとばして、いかに自分は、善人であるかを声高にのたまわる方がいますが、そういう人に限って、先のゴミを捨てる人が悪人で、捨てない自分は善人だと言っている。



いやいや、ゴミを拾わない人が、悪人なのです。ゴミを拾って片付けを実行する人。つまり、清掃する人のみが善人なのです。




なぜかと言うと、善行を行っていると、自分を善人だと、声高に主張する必要が無い。善行を行っていないから、自分は善人だと主張する必要が生まれる。しかも、善人になるには、悪人がいないといけないので、「ゴミを捨てる人が悪い」と悪人探しをして、相対的に、何もしていないでも善人になろうとする。



ほとんどの人が、この考えで、なおかつ、心の中で言い訳して生きている。ゴミを拾うなんて、自分の仕事じゃない。誰かがやってくれる。自分は忙しいので出来ない。手が汚れる。誰かのゴミは汚い。捨てる人が悪い。捨てない自分は善人だ。そして、ゴミを見ても、そのうち何も感じなくなる。


無意識に、ゴミをまたぐか、踏みつけるか、よけて通るようになる。



しかしだ、それが善人のやる事か???




ゴミを拾わない人は、善人ではない。ゴミを捨てた悪人と同等か、心のレベルは同じ。




ほとんどの人が、見ないふりか、ゴミを汚いものを見る目ですれ違って、善人の顔をして、通り過ぎて行きます。




えらそうに言っても、




さらたちも、まったく同じだったのですけどね!




結局は、なにかしら言い訳をして生き続けていたのです。




ゴミを拾わない人 = 善行を行わない人 = 悪人と同等レベル(善人ではない)


ゴミを拾う人 = 善行を行う人 = 善人



こういうことなのかもしれません。



「捨てる人が悪い。捨てない人が善人。」という考えや議論ではなく、「拾う人が善人、拾わない人が悪人」という考えや議論でないと、正しい人と言うのは、育たないでしょう。




都会では、ゴミを1個1個、拾っていては、前に進めません。進むのに相当な時間がかかります。しかし、すべての人が、1日1個ずつでも、拾って近くのゴミ箱に入れていけば、すぐにきれいになるでしょう。



今の世の中の状態


ゴミを捨てる人の人数  >  ゴミを拾う人の人数



これでは、道路のポイ捨てのゴミは増えて、ゴミ溜めが増え続ける。





ゴミを捨てる人の人数  <  ゴミを拾う人の人数




となれば、道端にポイ捨てされたゴミは、一切なくなる。





しかし、先の理由から、ポイ捨てされたゴミを拾いもしないが、捨てもしない人が圧倒的に多いだろう。なんだか、日本人らしくて、こんな所にも、よく現れている。



昔の人は、家の前や、沿道を掃除してくれたのだけれど、最近の人は、お金をもらわないと何もしない。最近は60歳くらいでも、若い部類に入るから、「お金をもらわないとやらねぇ~」と言って、はばかりません。


親たちが、そうだから子供たちもそう言う思考回路で、ゴミは汚いし、誰かが掃除してくれると言って、捨てていきます。お菓子の空きクズが散乱。ちょっと先に行けば、ゴミ箱あるのにね!自分の家はきれいにするけど、遠くの外は汚くする。家も外も同じで、自分の庭だと思えば、良いのに・・・・。自分の庭にゴミをポイ捨てはしない。大人も子供も、お金を価値観とし、何か大切なものを見失った気がする。




老いも若きも、金、金、金。





この国の先は、どうなることやら・・・・。